環境芸術学会第4回大会 (以下・大会) は同時に『小名浜国際環境芸術祭』(以下・芸術祭)
の開催でもあった。芸術祭は大会の開催を契機として、新しくいわきに誕生したフェスティバルである。この二つのイベントの相関関係を、ここでもう一度ふりかえってみたい。
アクアマリンふくしまで大会を開催することとなった発端は、伊藤隆道会長と森豪男氏
(会員) が水族館のデザイン顧問であること、伊藤隆治氏 (会員) が以前より水族館の企画展示を通じて館長と懇意にしていたこと、アクアマリンふくしまが「環境水族館宣言」をうたい大会開催に好意的であったこと、安部館長が埠頭の古い倉庫群を生かした「ウォーターフロント構想」を描いていたことなどの理由をあげることができる。開催が決まったものの実現に漕ぎつけるには受け入れ側の協力が不可欠となる。そこで小名浜まちづくり市民会議
(以下・市民会議) をはじめとする地元団体との橋渡しをいわき出身の森豪男氏にして頂くこととなった。
こうした学会側の動きが引き金となって、上記の構想や宣言の理念に基づき、安部館長と伊藤隆治氏、市民会議が中心となり、実行委員会が組織され、アクアマリンふくしまと連携した芸術祭の開催となったのである。冒頭に「大会を契機として」と書いたが、その下地として日常的に行われてきた市民会議を中心とした様々な活動:例えば、いわき港花火大会、まちなかコンサートなどのイベント開催、ボランティアガイドまちなか案内人の運営、小名浜まちづくりグランドデザインの策定など、住民による自発的な地道な活動によって、しっかりとしたコミュニティがこの地に確立していたことを抜きすることは出来ない。大会、芸術祭のいずれもその協力がなければ実現することが出来なかった。開催の原動力はまぎれもなく地元住民であったのである。
芸術祭の趣意書にこんな表記がある。『自然・都市・社会・生活・美術・デザイン・情報など、人間環境のなかに環境芸術をコアとして位置づけ、人の心のなかの「内なる自然」までを包み込んだ環境芸術作品やアートパフォーマンスで、小名浜にあたらしい「アートの風」を呼び込むことを決意した。』また、安部館長は「アクアマリンふくしまは環境維持装置つきの“自然”を展示することで来館者の『内なる自然』に訴える小宇宙の水準であることを目指している」と語っている。海を通して「人と地球の未来」を考えたいと表明しているのだ。 これらは環境芸術学会が標榜し、活動の軸にしていることと合致していると考えられないだろうか。学会設立時、「象牙の塔に籠ることなく、全国各地、街づくり、都市づくり、公園づくり、そういった所へどんどん出て“現場”でどうするのか?ということについて議論を広げていく」というビジョンを、多くの会員が共通認識として持っていた。今回の開催形態はそうした共通認識に対する、ひとつの具体的な解答を示すものであったように思える。環境芸術学会はこうした理念や展望を共にする個人、団体、企業などとの連携が求められているのではないだろうか。
本学会の特性として、「芸術」を扱うということからすると、常に研究の核は個人に帰すると考えることが出来る。しかし「環境」というもう一方の事柄で括られる以上決して個人に留めておくことは出来ない。従来の「学会」の機能は、個人の研究成果を発表し交換する場としての機能。それらの集積が一つの学問分野を形成し普遍性を帯び、社会に還元されていくという機能。大雑把にいえばそのようなことであろう。しかし本学会は必然として、個々の専門性を先鋭化させること、それを大胆に横断していくことに加えて、その先には、学会の中に留まることなく、様々な手段で広く社会と結びつき具体的に活動していくことが求められているのであり、それが“現場”という要請に対する答えに当たるのではないかと思う。このような観点でふりかえったとき、同時という開催形態によって我々は活動の具体的な実例を手に入れたといえる。つまり、理念を共有し得る個人、団体、企業と連携し学会の外側を巻き込んでいくための連携手法の一つを経験したのである。今回の同時開催によって環境芸術学会の重要な役割として、個々の研究者と社会とを結ぶ結節点となり、そうした活動の触媒としての働きを持たなければならないということを気づかされた思いがしている。

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