パブリックアートから、グランドコンテンツ・アートへ
会員 池村 明生
 
●2つのアートプロジェクト
 最近、興味深い2つのアートプロジェクトにかかわることができた。一つは「さいたま新都心シビツクコア地区環境造形整備」、もう一つが「やまがたアートチェアープロジエクト」である。2つのプロジエクトにおける私の立場はともにコーディネータ一であり、プロジェクトに参加したすべての関係者と直接かかわれるポジションにあった。そしてこれらのプロジェクトを通じ、パプリックアートと呼ばれる環境造形の方向性が少しずつ変わりつつあることを感じている。
 
 さいたま新都心は大宮・浦和・与野の3市合併でさいたま市にかわるきっかけとなった工リアであり国の行政機関の集団移転をメインに県や民間の施設が集積した大型再開発街区である。そしてシビツクコア地区とは、その工リアの南西側にあたるゾーンで、関東信越地域を行政対象とする合同庁舎や郵政庁舎、そして国の機関による健康増進施設や宿泊施設といった都市型サービス施設が集まる開発地区である。環境造形整備はこの地区において建設省(現国土交通省)・郵政省(現総務省郵政事業庁)・簡易保険福祉事業団を事業者に進められ、事業者ごと各施設の特徴を踏まえつつ前例にはないアートプロジェクトが推進された。
 
 さいたまアートにおいて最も特徴的で、コーディネーターの私からみても刺激的であったことは、共生空間Psi(サイ/中瀬康志をリーダーとする5作家のグループ)による展間であった。他のアート展開が従来からみられる作家自身の作品化に対し、彼らは首都圏8地域の小学生約280名とのコラボレートを前提に作品化を試みた。もちろんこの展開については美術関係者も含め一部の方々に「アートといえるか?」という疑間を抱かせたようであるが、私は従来のパブリックアートの反省に対する作家側の取り組みとして評価できた。
 
さいたま新都心における共生空聞Psiの作品   「ほしにすむ」
 
 もう一つの「やまがたアートチェアープロジェクト」は、明確なかたちでの作家の存在はなかったが実施にあたり制作アドバイザーとして数人の造形家が参加する。プロジェクトは、山形西口駅前に建設された県と市の関係機関が70%入居する高層施設(霞城セントラル)のアトリウム空間に、県内の小中学生から募ったアートチェアーデザインを、地元の職人たちが作品として制作するものであった。これはいわゆるパプリックアートのプロジェクトではないが、結果、アトリウムに出現した作品は各地域でよく見かける子どもたちの素人作品とは違い、彫刻としてオブジ工として優れたアート作品となっている。
 
 やまがたプロジェクトの運営調整を努めたのは、地元でデザイン開発機構(DDO)と称し、10年前より構成企業の従業員を対象にデザイン造形研修を実践する工業団地の協同組合である。その研修生や事務局を核に、彫刻家・工芸家・陶芸家といった講師をアドバイザーに編成した体制がプロジェクトを成功に向かわせたのである。
 
●無名性という力
 紹介した2つのアートプロジェクトは子どもたちの参加という意味で似ているが、その点を強調したいわけではない。特に私がこの2つのプロジエクトで感じたことは、公共空間のアートに対する作家の取り組み方である。
 
 パブリックアートという言葉がよく言われるようになったのはここ15年ぐらい前からではないだろうか?それ以前は屋外美術、野外彫刻、環境芸術と表現する時期もあった。戦後まもなく日比谷公園で開催された東京都主催の野外創作彫刻展、その後の宇部、須磨の野外彫刻コンペティションなどを通じ、文化政策に力を入れた地方各都市の公共空間においてパプリックアートのかたちは整いはじめる。しかしその基本は常に美術という枠組みから発信される作家の作品化を前提とした。しかし公立美術館の飽和、民間美術館の衰退を迎えた現在の社会状況において、公的な資金を投入する作家の作品化が積極的に求められているとは思えない。すでに時代は動いているのではないか、そして公共空間のアートにおいては、作家の役割も変わりつつあるのではないだろうかと考えている。
 
やまがたアートチエアーブロジエクトの一作品   「ラ・フランス」
 
 前述した2つのアートプロジエクトで特筆すべきことは、作家個人の無名性である。さいたまアートの場合はグループとなることで、個人の作家活動と一線を画し新たなアート活動の試みができた。やまがたプロジエクトにおいては、作家が制作アドバイザーに徹したことで、子どもたちや職人、事業者やプロジェクト関係者すべての人が、作品を自分のものとして認識した。無名性というカが、閉塞した社会を切り開き、人々をつなぐきっかけをつくったのである。
 
●耳を澄ますグランドコンテンツ・アート
 1968年から88年の20年間にわたり優れたパブリックアートをつくり続けた環境造形Qという作家グループがいた。3名の著名な彫刻家で構成されたこのグループは、パブリックアートを計画する時、作家個々の作品制作の考え方はあえて持ち込まず、無名性を重視しながら設置対象となる場や設置依頼された背景から作品のあり方をディスカッションした。“心を無にして、耳を澄ます”といった心境であろうか。実はこのグループがおこなった進め方こそ、現在の社会状況においても必要なことではないかと感じている。
 
 情報化社会の発展とともに社会全体が成熟していく過程においてパブリックアートは、彫刻家でなくても美術家でなくても、誰もが参加し得る社会的なテーマになっている。その前提に立つと作家は、何をつくるべきかを考える(=耳を澄ます)ことが重要になってくる。そして、白ら作品を制作すべきか、他の人とコラボレートすべきかなど、プロセスにおいては柔軟に対処しなくてはならない。大切なことは、作家自ら作品をつくることではなく、よりよいテーマとプロセスを見つけることにある。
 
 私はこのようなアートをグランドコンテンツ・アートと解釈した。地域や市民、時代や社会といつた場に根づくグランドコンテンツ(共有できる情報の内容)を探し出し、適切なテーマとプロセスを通し作品化する芸術活動と捉える。
 
 グランドコンテンツという概念を持つことは、作家自身の探求や洞察だけでは解決できない情報が必要となる。それは土地に生きる住民の情報であり、場を理解する建設関係者からの情報かも知れない。グランドコンテンツのテーマが間放的であればあるほど、さまざまな人が介在しやすいプロセスが求められ、実行するための体制や組織が必要となる。そしてさまざまな人の参加や協カによりつくられた作品は、結果、“パブリックなアート”になると考えている。