神戸ビエンナーレ2007への招待-創造都市・神戸の挑戦-
村上 直之(神戸女学院大学)

 今秋、10月6日(土) から11月25日(日) にかけて51日間、神戸メリケンパークをメイン会場として開催される「KOBE Biennale 2007」(吉田泰巳実行委員長)が、これまで日本いや世界の各地で行なわれてきた種々の芸術祭と異なるアート・イベントであることを、ここで説明したい。
  最初に、「なぜ、神戸で、今、ビエンナーレなのか?」という、誰もがみな抱くにちがいない疑問について答えたい。
  ことの発端は5年前、2002年に遡る。当時、本学会員の吉田泰巳、谷内眞之助、大森正夫そして私の4人は、韓国の「光州ビエンナーレ」に招待された。いけばな作家・吉田とそのスタッフらは、ビエンナーレ会場の一画にある教育文化会館の広い空間に、キムチの壺を花瓶に見立てた「曼陀羅」と題したいけばなを生けた。それと同時に、私たち4人は韓国の花や植物の関係者と一緒に合同シンポジウムを行なった。
  その後、吉田は2004年にも「光州ビエンナーレ」に「震災10年兵庫神戸からの発信『水と緑に集う』」というタイトルの作品を出展したが、それは植物と水と映像と照明と音楽による media-mix のインスタレーションであった。
  帰国後、彼は、この作品を神戸市第2の人工島・六甲アイランドにある神戸ファッション美術館で展示した。震災への鎮魂と希望のメッセージが込められた作品は、神戸市民の間に深い感動を与えた(これについては、当時、この学会報に谷口文保会員の報告がある)。
  2005年に「文化創生都市宣言」を発表した神戸市の矢田市長がビエンナーレの開催を選挙公約に掲げるにいたったのは、この花展が「光州ビエンナーレ」で成功したことを知り、また矢田氏自身がファッション美術館での作品に感銘を覚えたからである。
  現代アートの祭典であるビエンナーレが、いわゆるファインアートとは無縁な、いけばなという伝統芸術と見なされた分野の活動を契機にスタートしたというのは、おそらく前代未聞の出来事であるといえよう。
  もっとも、「神戸ビエンナーレ2007」の開催は地方自治体の長のトップダウンによる決定であり、そうしてスタートした芸術文化活動は静岡県のSPACをはじめとして、「越後妻有トリエンナーレ」など類例がないわけではない。

  では、最初に述べたように、「神戸ビエンナーレ2007」という総合芸術祭が、他に類例のないアート・イベントであるのはなぜであるかを述べていこう。
  まず、「神戸ビエンナーレ2007」はどのような組織で運営されるのか。通常であれば、実行委員会が指名した芸術総監督が数名あるいは十数名のキュレーターやアートマネジャーを集めて実際の運営にあたるのだが、私たちの運営方式が他に例をみないというのは、まず従来のように芸術総監督という役職を設置しないという点にあるだろう。この方針を決める際、実行委員会いやその前年の準備委員会で論議され、私たち共通の認識となったのは、現代アート界についての、次のような現状認識であった。
  -今日の日本のアート界は公・私立を問わず美術館を中心にアートキュレーターたちのネットワークが確立しており、彼あるいは彼女らが張りめぐらすアンテナ網にかからないアーティストとその作品は日の目を見ることができない。芸術総監督を置くということは彼あるいは彼女が有する強力な磁場によって吸い寄せられる一部の作品群にすぎない、と。
  ある意味で、こうした現状認識は、環境芸術学会が発足した際、そこに馳せ参じた実にさまざまジャンルのアーティストに共有されていた認識と共通するものがあると思う。つまり、すでに確立しているそれぞれのジャンルを越境して、多種多様な「出合い」と新たな実験を期待して、私たちはこの学会に参集したのではなかっただろうか。
  このような認識にたった私たち実行委員が、今回のビエンナーレでの中心課題として定めたのは、既成のアート分野にとらわれずにジャンルフリーであること、そして何よりも出展作品はコンペティションによること、などの基準であった。こうして、コンテナ・アートをメイン会場の中心に据えることが決定されたのである。ちなみに、本学会の伊藤隆道と坂村健両氏を審査員として迎えている。
(コンテナ・アート公募については、以下の動画ブログを参照されたいhttp://murakamijp.exblog.jp/)
  もっとも、昨年秋、明治神宮外苑で開かれた東京デザイナーズ・ウィーク、いやそれ以前のNYのNomad Museumもそうだが、コンテナ・アートは最近のトレンドでさえある。だとすれば、神戸ビエンナーレのコンテナ・アートのどこが斬新なのか?
  「コンテナ・アートの優秀作品を船に積んで、他のビエンナーレ都市を巡回しよう。コンテナはもともと船舶輸送用なのだから、そうしてこそコンテナ・アートの意義がある」。これは実行委員会の一人の提案であり、私たちは皆すぐに賛同した。というのも、今回、メリケンパークが会場と決定する以前、神戸港東突堤の岸壁に廃船を停泊させ、そこを会場としようという提案もあり、私たちは港のもつ回遊性にこだわってきたのである。
  瀬戸内海はフェリーが各港を巡航している。アート・コンテナ船を巡回させることによって、あたかも山陽と四国を一双の屏風に見立てた「環瀬戸内海ミュージアム」を構築できないか。私たちの夢想いや構想はさらに高まった。
  上海ビエンナーレ、シンガポール・ビエンナーレ、さらには光州ビエンナーレへもコンテナ・アート船を巡航させようではないか?これは、中国人委員のアイデアである。
  このように、私たちが抱いている「神戸ビエンナーレ2007」の構想は、まるで俳諧連歌の付合いのように果てしない。むろん、今回、時間的に準備不可能であることは承知の上である。けれど、これから2年に1度開催されるビエンナーレに対する私たち実行委員の壮大な野心を、これから参加しようとするアーティストとりわけ若い世代にぜひ伝えておきたいのである。
  こうしたアイデアが私たちの間で次つぎと発想されるのは、既存のアート分野をこえた、異質なものの「出合い」と「融合」をめざしたいという飽くなきドライブ(衝動)による、といっていいだろう。振り返ってみれば、神戸とは、明治以降、さまざまなエスニック集団がこの地で「出合い」、互いの文化を尊重しつつ共存してきた、わが国唯一の都市ではなかったか。その意味で、私たちのビエンナーレ構想は、「神戸らしさ」という伝統に根ざしている。
  さらにまた、「神戸ビエンナーレ2007」の基本コンセプトは、環境芸術の理念を体現するものであることをいっておきたい。すなわち、会場に集合した個々の作品それ自体がそれぞれ自立したアートでなければならないことはいうまでもない。だが、それにもまして、会場全体が、パブリック・アートとして、ひとつの作品でなければならないであろう。

ビエンナーレにむけて開催される
シンポジウムのポスター
平成19年3月11日15:00〜/
神戸海洋博物館1階ホール

メリケンパークという容器に設置されたさまざまアート作品群?それら全体を、海に浮ぶ水盤に生け込まれた巨大ないけばな作品と見立てる?これが、吉田泰巳といういけばな作家を委員長に据える私たち実行委員会が共有する、環境アートとしての「神戸ビエンナーレ2007」にほかならない。私たちは、その基本テーマ「出合い」(DEAI)の背後に、「しつらい」(SHITURAI) という、室町時代の総合芸術プロデューサーであった阿彌(同朋)衆が模索した環境芸術の理念を体現しようとしているのである。
  いや、そこまで時代を遡らなくてもよいだろう。戦後日本の現代美術は前衛いけばな運動と連動して立ちあがった、という今では忘却された歴史的事実を想起してほしい。……あれから半世紀、現代アートもいけばなも、まるでバベルの塔が崩壊した後のように、それぞれの言葉が通じ合わなくなって久しい。
  「日本は世界の未来かもしれない」とは、あるコンテンポラリー・アーティストの言葉である。そのためには、いやきっぱりと「日本は世界の未来である」と断言するためには、いったい何がなされなければならないか?(少なくとも、私たちは「神戸は日本の未来である」と確信している。)
  私たちが「神戸ビエンナーレ2007」を伝統芸術と先端アートの「出合い」と「融合」の巨大な実験場として位置づけるのは、そのための第一歩を踏み出そうという決意からである。
(公式サイトは、http://www.kobe-biennale.jp/)