アーティスト・イン・レジデンス in 宇土マリーナ
-地域社会の活性化と環境造形の意義-
会員 本田貴侶(彫刻家/埼玉大学教授)
 熊本県宇土市の公共の広場に、より芸術性の高い作品を設置し空間に活力を与え人々の憩いの場を出現させることを目標とし「アーティスト・イン・レジデンス in 宇土マリーナ」他、関連事業が3年間の期間を経て開催され、この夏に一つの区切りを迎えた。本事業に当初よりアドバイザーとして参画した立場から、特に「アーティスト・イン・レジデンス in 宇土マリーナ」について報告する。
 日本、ドイツ、アメリカの彫刻家三人を招聘し、同市馬門地区で採れる馬門石(まかどいし)を素材に、約一ヶ月の滞在期間中(2003年7月?8月)に公開制作するものであった。馬門石は、8?9万年前阿蘇山が大噴火を起こした際の火砕流による淡いピンク色をしている溶結凝灰岩。古墳時代に遠く近畿地方まで運ばれ、26代継体天皇や33代推古天皇の石棺に使われたことがわかっている。近畿地方に多く見られるのは有明海から玄界灘、瀬戸内海を通って大阪、奈良、滋賀等に運ばれたと思われている。その用途は幅広く、石畳や塀、眼鏡橋、鳥居と多岐にわたっている。地元でも日本最古の水道とされる轟泉(ごうせん)水道の樋管の材料となっており、文化的価値が注目されている。
 この事業により宇土市の数カ所に設置された彫刻によって、そこにはいつも不特定多数の人々が集い、単なる広場ではなく、知的・文化的環境を創出することになる。国際的な異文化との交流の証として、各国を代表する優れた作家の手になる力作が公開制作の過程を経てその場に設置される。その空間からは永遠に消えることのない造形のメッセージが発信し続けられる。一方、この事業企画の大きな特徴として掲げるべき点は、イン・レジデンスという方法をとったことであった。作家たちは毎日市民のどこかの家に宿泊することで、自ら今までとは異なる生活空間に接することになる。これは、入る方も受け入れる側にとっても、全く初めての経験であり、国際交流が必要な時代にあって異文化交流を、寝食をともにすることで自然な形で体得することになる。そこでは彫刻家と地域住民との会話に始まり、生活の違いや考え方の違いが持ち込まれ、衣・食・住が織りなす直接的な文化の交流が実を上げることになる。そして異文化を認め合い共有する空間が生まれ始める。作家は異文化空間の中にあって、グローバルなスケールで石彫を制作し刺激しあい、また、融合する機会を体験しながら、主張すべき自己のアートを完成の方向に進行させていく。炎天下の中、体力と表現のための情念をふりしぼるのも、宇土市民の方々のいろいろな形での応援や支援があってこそであった。
 今回の招待作家に求められた課題は、彫刻素材としての馬門石と宇土の伝統文化との密接な関わりよって生まれた造形が、いかにマリーナ空間を演出するかにあった。
アドバイザーとしてプランニングした具体的内容は、
 1. 宇土地域の残された文化財及び馬門石の造形物の調査--に始まり。
 2. 地元の素材としての特性を活かした馬門石の造形方法及び技法の研究
 3. イン・レジデンスによるホームステイのあり方と工夫
 4. 制作時の一般公開とコミュニケーションの活用(市民との交流)
 5. 宇土市の各種文化団体、サークル等との交流
 6. 社会教育・公教育との造形活動の連携(コラボレーション)
 7. 文化行政としてのアーティスト・イン・レジデンスの推進
等、多様な市民生活と文化・芸術に関わるテーマと課題を掲げ、多くの成果をもたらすこととなった。
 目標にむかってより円滑に効果的に進行するためには、必須要素として「市民参加」であったことが挙げられる。これからの環境づくりも然りである。市民一人一人の色々な形での参加支援が作り出す美的空間は、アートが美術館や画廊から、街の中、自然の中に出て社会的な流れの中で創造されることになる。宇土マリーナで今まで芸術とは縁遠かった人々が作家と交流し自らも石を彫った。また、作家と市民による様々な質問や意見が交換されることで作家も作品も変化し充実していった。単なる鑑賞者ではなく、作品に参加していくこと、芸術とは何か、環境の中の造形はどうあるべきか、その答えがこの度の参加型アーティスト・イン・レジデンス方式から導きだされた。『市民の手によって文化を創造する』このことが真の意味でのパブリック・アート(公共の美術)を生みだしたのである。一ヶ月余り宇土市マリーナに展開した公開制作は、市民の支援により優れた作家の表現力をさらに高め引き出した。これは宇土で採れる歴史的・文化的資産としての馬門石を用い、宇土の人々の手で創り上げられ位置づけられたアートとなった訳で、このことは現代において宇土市のシンボル(象徴)としての空間が誕生したことにもなる。地域社会独自の文化ゾーンが形成されることは、宇土市が推進した事業として評価される先行的意義を示しているといえよう。しかし文化事業は一過性のものではなく、かたちを変えることがあっても継続的な活動が求められる。
 こうした地域における活動が芸術文化の発信となり同時に国内はもとより国際的な人々のネットワークが各所で作り上げられることを願い、芸術が社会を変えた一事例となることへの期待をふくらませている。